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『華麗なるギャッツビー』&『風立ちぬ』 

この映画はボクらの世代ではロバート・レッドフォードとミア・ファーロー版が馴染みが深い。

アメリカの代表的作家・フィッツジェラルドの原作をコッポラが脚本にしたところが味噌だった。
しかし、金や権力に憧れるアメリカ人というボクら世代の独特の固定観念が支配していて楽しめなかった、というのが実情だった。

それに比べ今回のデカプリオとケリー・マリガンは解りやすく撮ってあった。

ギャッツビー①

「過去は変えられない」という諭すフィッツジェラルド役のトビー・マグワイヤに対し、
それを覆そうとする成金のデカプリオ。
アメリカン・ドリームの具現化だ。
金と権力と知力があれば絶対に出来ると信じていた。

全てが図式的に配置された構成で解りやすい。
アメリカには黒人差別の他にも白人間でも差別が日常的にあった。
そして当たり前の様に、
「女の愛は金で買えない」という摂理に辿り着く。

ディカプリオはケリー・マリガンに二度もフラれてしまう。
そして、自分と同じ階級の男に撃たれる。

………男は、哀しい。

死んでから、
「ギャッツビー」は「グレート(華麗なる)」という文字がフィッツジェラルドによって付け加えられる。

派手でCGの多用が今回も気になったが、
この手の作品にしては、惚れた男の儚さの余韻が残る佳作だった。





宮崎駿作品はボクはほとんど観てない。
今回は珍しく、劇場で観た。

風

ポール・ヴァレリーの詩の一説である、
”Le vent se lève, il faut tenter de vivre”を、
仏語学者でもある堀辰雄は、「風立ちぬ、いざ生きめやも」と訳した。
これが題名になっている。

しかし、これは正しくは誤訳であるらしい。
でも生きることの不安感を同時に現した見事な日本語として、今や定着している。

生きることは不安と希望とが同居していると示唆したのだろう。

それに比べ、
堀の「風立ぬ」とゼロ戦の設計者である堀越二郎の生涯をミックスした宮崎駿のこの新作はどうだろう。

いつもの事だろうが、アニメーションが素晴らしく良い。
これは称賛に値する。
特に暗がりのグレーゾーンの美しさは真似の出来ないような境地に至っている。
デジタル化した実写の映像では、おそらく撮影しても映らない位の別世界の映像美だ。

しかし残念に思うのはこれはアニメーションの限界なのか、
人物の表情の単純さはマンガ・レベルを超えていない。

やっぱしアニメーションは、「マンガ」なんだと思い知らされた。

②風

そして、お話の中身だが、
やはり凡庸の域を出ていないのではないか?

ラブ・ストーリーとしては少しストレートすぎる。
泣けても中学生レベルだろう。
戦争中にも拘わらず、戦争に触れてないのも逃げてる印象が強い。
だって、ゼロ戦の設計者だろう。
いくらなんでもそれはないよ。

編集のテンポにしても、
「間」が無いのが気になる。

おっと、
あまり貶してばかりだと又拍手の数が減ってしまうのでこの辺で……。





米日のあまり関連性がない二作品を並べて書いてしまったが、
男は悲しい生き物だ。

今回又しても思い知らされた定理として、
生きてる女(ケリー・マリガン)には裏切られるけれど、
死んだ女(菜穂子)は裏切らない。

という事が…。









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2013. 07. 29. (Mon) 11:52  [映画コメント:0  トラックバック:0
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